大動脈瘤について 詳細編

ステントグラフトによる治療について

ステントグラフトとは

ステント:心臓カテーテル治療などで使われる金属製の骨格でできた筒状のバネ
グラフト:合成繊維でできた薄い人工血

ステントグラフトとはステントといわれる金属でできたバネの部分をグラフトと言われる人工血管で被覆したものです。 これを血管の中に留置することにより、瘤に直接的に血圧がかからないようになり、破裂の予防を行うことができます。ステントグラフトは折りたたんで、直径7-10mm程度のカテーテル内に収納し、 足の付根から動脈内にカテーテルを入れ、放射線イメージをみながら胸部や腹部の動脈瘤の部分に留置します。
この方法だと両脚の付け根(ソケイ部)を数cm切開するだけで治療が行えるため、胸部や腹部を大きく切開する必要がなくなり、患者さんの体に対して、より少ない負担で動脈瘤の治療ができるといわれています。
特有な合併症として、エンドリーク(動脈瘤内に血流が残ること)、ステントグラフトの移動などが稀にみられることがあります。言い換えれば、治療したはずの大動脈が拡大・破裂する危険性もゼロではありません。 そのため、治療後もCT等による追跡調査が必須であり、追加の治療(ステントグラフトの追加・開胸や開腹手術)が必要になる場合もあります。

ステントグラフトとは

a.右上腕動脈-右大腿動脈間に pull through wire を完成させる。
b.ステントグラフト(main graft)を腎動脈下腹部大動脈から右総腸骨動脈にかけて移植する。
c.短脚(左脚)に左大腿動脈から穿刺にてカテーテルを挿入する。
d.この短脚側に追加のステントグラフト(leg)を追加挿入し、動脈瘤を exclusion する。

血管内治療部門により適切な診断と治療をおこないます

川崎大動脈センター/血管内治療部門は、専門の大動脈外科医・放射線科医・循環器内科医・臨床工学士によって構成しており、診断から治療まで一貫した方針により適切な治療を行います。

腹部大動脈瘤治療前 ステントグラフト治療後(3DCT)

胸部大動脈瘤ステントグラフト治療

治療前60mmの胸部下行大動脈瘤 治療6ヶ月後50mmに縮小

放射線科 -手術室部門-

CE科 -手術室業務-

ステントグラフト治療と手術治療とバランスよく行っている施設での診断、治療が必要です

手術治療のみ行っている施設であれば、一般にステントグラフトが良いであろうと思われる例でも、手術を勧められる場合があります。 同様にステントグラフトが主で、手術治療はほとんど行っていない施設にでは、一般に手術治療が良いであろうと思われる場合にもステントグラフト治療を勧められる事が多いと思われます。 その結果、最終的には手術が必要になってしまう場合があります。一般的にステントグラフト後の手術は、初回手術よりも非常に困難な手術となってしまいます。 手術をあまり行っていない施設では、選択肢がステントグラフトに限られるだけでなく、そういったトラブル時の手術対応も困難となる可能性もあります。 ステントグラフト治療は、とりあえず出来そうだからやってみるのではなく、ステントグラフトを入れた結果がどうなっていくかを考慮し判断する事が非常に大切です。 ステントグラフト治療と手術治療の両方をバランスよく行っている施設で適切な診断、治療を受けることをお勧めします。

腹部大動脈瘤のステントグラフト治療

1990年にアルゼンチンのパロディ医師によって始められた自作ステントグラフト治療は、欧米では2000年ころから数々の企業製品が出現し、成績も飛躍的に向上しています。 日本では2007年から欧米の企業製腹部大動脈ステントグラフトが認可され、国内でも使用可能になりました。 権威ある医学雑誌Lancet誌にも腹部大動脈瘤の前向き比較試験で、術後四年間での動脈瘤関連死は外科手術よりもステントグラフト治療の方が有意に低いことが証明されています(Lancet 365: 2179, 2005)。 10年前と比べると最近の企業製ステントグラフトは改良がすすみ、治療成績も格段に向上しています。今後もますます技術が進歩し成績が向上することが期待されます。 ただし、手術治療が50年以上の歴史があるのに比べて、現時点でのステントグラフト治療の歴史は10数年程度であり、20年、30年といった長期の成績は不明です。 また、ステントグラフトは動脈瘤の解剖学的特性によりその成績が影響されるため、解剖学的適応基準に準拠することが使用の条件となっています。

一般的な腹部大動脈瘤ステントグラフト治療の適応基準は以下の通りです。

身体的な適応基準として

・過去に開手術の既往があり、癒着により手術が困難と予測される場合。
・心疾患、呼吸器疾患、脳血管疾患等のため開腹手術が危険と判断される場合。
解剖学的な適応基準として

・腎動脈下腹部大動脈瘤
・腎動脈下大動脈に正常大動脈15mm以上
・60度以下の屈曲
・総腸骨動脈の拡大15mm以下
・腸骨動脈の正常部分の長さが10mm以上

簡単に説明すると、動脈瘤の前後に正常な部分が充分あること、屈曲、蛇行が強くないことです。 動脈瘤の前後に良い血管がないとステントグラフトの固定が悪く、せっかくステントグラフトを入れてもすき間から血液がもれ(エンドリーク)動脈瘤が拡大、破裂する危険が出てくるからです。 上記の解剖学的条件は大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライ(2006年改訂版)から一部改変したものです。数値は製品により異なります。 正常部分が若干短くても適応できる製品や、屈曲に強い製品など各企業製品には特徴があり、患者さんの条件に応じて製品の選択をしています。場合によっては自作ステントグラフトで対応する場合もあります。

胸部大動脈瘤ステントグラフト治療

胸部大動脈瘤手術は腹部大動脈瘤に比べ手術の難易度が高く、患者さんへの侵襲(負担)も大きい手術です。 ステントグラフトによる負担の少ない治療が可能であれば、患者さんは大きな恩恵を受けることができます。ただし腹部大動脈瘤に比べていくつかの問題があります。

・弓部など脳を栄養する血管が分枝していて場所により留置困難。
・腹部大動脈に比べ血管が太い、そのためステントグラフト自体が太いものとなり、足の付け根の細い血管からでは挿入できない。
・解離性の大動脈瘤には原則使用できない。

以上のような問題点があります。

胸部大動脈の中でも臓器に分かれる枝がない下行大動脈部分ではステントグラフトは非常によい適応となりますが、上行大動脈、弓部大動脈など心臓に近く、脳に分枝する血管がある場所ではステントグラフトは原則的に適応となりません。 ステントグラフト治療の原則は動脈瘤の前後にステントグラフトを固定する充分な正常大動脈が必要だからです。腹部では15mm程度必要とされる正常部分は、胸部の場合は血管径が太く血流が非常に多いため20mm程度は必要とされています。 ただし当センターでは手術治療が非常に危険と判断される場合には、脳に分枝する血管にあらかじめバイパス手術を行う(debranching法)、手術とステントグラフトを併用する(open stent法)等の方法も考慮いています。

現在の技術では胸部ステントグラフトで使用するカテーテルは太く、細い足の血管からは挿入することができないという場合があります。 体型が小さな日本人は足の血管も細く、胸部大動脈ステントグラフトの約4割は足からの挿入が困難と言われています。 挿入困難ではあるが胸部手術はリスクが高いと判断した場合は、場合により開腹し腹部の太い血管からステントグラフトを挿入する、 少しでも細い自作のステントグラフトを挿入する、手術とステントグラフトの併用(open stent)等の方法も考慮いています。

大動脈瘤の原因が解離の場合は、原則的にステントグラフトは使用できません。解離した弱い血管にステントグラフトを挿入すること自体に危険性があり、 ステントグラフトを入れた場合の効果も証明されていないからです。当センターでも特殊な場合を除き適応としていません。欧米を中心に大動脈解離症例にもステントグラフトを使用した治験が行われている段階です。 治験の結果をふまえ、今後適応を考えていきたいと考えています。

腹部大動脈ステントグラフトに1年遅れ、2008年に日本もでも企業製胸部大動脈ステントグラフトが認可となりました。このステントグラフトは日本での治験なしに欧米でのデータのみで異例に認可となりました。 米国の臨床治験では脳血管障害は4%、一過性または永久的な対麻痺(下半身麻痺)が3%で生じています。2年の追跡期間中に大動脈瘤破裂などで死亡した例が3%ありました。胸部大動脈ステントグラフト治療は、 腹部大動脈ステントグラフト以上に手術が必要になった場合の難易度、危険度は高く、ステントグラフトとバランスよく治療を行っている施設で行うべきと考えています。

胸部大動脈ステントグラフト治療が適しているのは以下のような場合です

・下行大動脈に限局した動脈瘤で蛇行が軽度
・食道や肺の手術後で高度な癒着がある
・呼吸機能や身体機能が低く開胸手術の危険性が高度

ステントグラフト治療が適していないのは以下のような場合です

・大動脈解離
・上行大動脈、大動脈弓部の動脈瘤
・血管内に血栓が多く付着している(脳梗塞等の危険性が高くなります)
・胸腹部大動脈瘤(腹部への内蔵に行く血管がでているため