「なんで?」にはすべて意味がある

小さい子がよく「なんで?」と聞いているのを見ます。
私も昔から「なんで?」と思うことに対して、調べたり聞いたりします。よく友達にも追求してしまうのでめんどくさいと思われているかもしれません(^ ^;;

答えが出ないままモヤモヤして終わることもよくありました。
でも「なんで?」と思うことには必ず答えがあり、意味があるのだと思います。
自分のコンプレックスなことにも、世の中にルールがあることにも、あの人がああいったのも、人が眠るのも、空が青いのも。

「病気」があることにも意味があるのかなと最近ずっと考えていました。
先天性、後天性、生活習慣から、気持ちからなど様々な病気がありますが、どうしてなんだろうと考えていました。
では、人が完全でどこにも痛いところがなく、何も病気にならなかったら?
そうしたら人は人間の仕組みを知ろうとはしなかったのではないかと思います。
「お腹が痛い」から<お腹>には何があるのだろう?それはどんな機能をもっているのだろう?痛いとどうなるのだろう?機能が低下するとどんな影響があるのだろう?治すにはどうしたらいいのだろう?
「痛く」なかったらこんなふうに人間の機能を調べることはなかったのではないかなと思います。

毎日の過ごし方で病気にならないようになるのなら、それが一番いいですよね。大事なことです。
でも、見えないところが病気になっていたり、症状のない病気が進んでいたりということもあります。
そのために痛くなる前に検査ができるよう人は開発してきました。
幸病院には最新のCTがあるので、ほぼ症状がない大動脈疾患も見つけることが出来ます。
通常の健康診断にはこの項目はないので、自ら予約が必要です。

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